2020年9月配信
今回はアメリカの経済動向や不動産市場、アメリカ土地開発投資といったマーケットから離れて、「アメリカ大統領選挙」について私共の考察をお伝えしたいと思います。
今のアメリカを知る上で、皆様に知っておいて頂きたい重要な情報が多くあると思われるためです。
アメリカの経済の今後の戦術的な側面は、今回の選挙で方向性が決まると考えられるため、まず最初に大局(選挙の背景)を理解する必要があります。
アメリカ大統領選挙
現在アメリカと全世界が最も注目している出来事は11月3日に行われる大統領選挙と言われています。
ここ100年近くの選挙の中で、民主党と共和党の政策が最も異なり、未だワイルドカード(不確定要素)も多く、非常に予想が難しい選挙であると受け止められています。
2016年の様にトランプが意外な勝利を獲得するのか、エスタブリッシュメント候補のバイデンが優勢を保つかによって、未来は大きく変わってくるでしょう。
アメリカの政治、グローバル地政学と経済成長のシナリオが徹底的に書き換えられる可能性があると言っても過言では無いでしょう。
大統領選挙に関しての世論調査は日々変化していて、どのニュース・シンクタンク機関が調査したかによっても各候補者の支持率は大幅に異なりますが、コンセンサスとしては、今現在選挙を実施したら、バイデンが勝利すると言われています。
ここでリクトマン予測モデル(Allan Lichtman prediction model)を引用したいと思います。
リクトマンはワシントンDCにあるアメリカン大学の歴史の教授で、1984年以来の大統領選挙の勝者を毎回的中させています。
彼の調査モデルは1860年の大統領選挙まで遡って分析したデータを、13の「はい」か「いいえ」で答えられる質問に絞って構成しています。
一般の調査と異なり、数字を使わず、所謂”Big Picture”(大局)を捉える方法として注目を浴びています。
今回の選挙でトランプに対しての見解は以下になります。
2020年トランプ対バイデン大統領選挙の要素
1 中間選挙で議席を増やした(2018年の米国議会選挙) いいえ
2 党内で唯一の候補者 はい
3 現職 はい
4 第三党の出現(独立候補者出現)は無い はい
5 短期経済は良い いいえ
6 長期経済は良い いいえ
7 主要な政策変更 はい
8 社会不安定が無い いいえ
9 スキャンダルが無い いいえ
10 外交・軍事的失敗が無い はい
11 外交・軍事的功績がある いいえ
12 候補者として幅広く人気がある いいえ
13 対抗者にカリスマ性が無い はい
この答えはトランプから見た「はい」か「いいえ」になります。
答えが6つを超えて「はい」の答えがある場合は当選勝利します。
つまり、この予測によるとトランプには6つしか「はい」が無いため落選敗北します。
しかし投票日までまだ2ヶ月くらいの期間が残っていることや、ワイルドカードが多数存在することを考えると、結果が見えてきたという状況には程遠いと思われます。
#1:候補者の政党が幅広く社会に受け入れられているかを示します。上院は辛うじて過半数を保てたものの、下院は過半数を失っています。中間選挙は党の勢いを表しています。
#2:党内で候補者争いがあると、結束力を失い、大統領選挙で不利になります。
#4:1992年にロス・ペローと2000年にラルフ・ネーダーの出現によって、選挙に大きな影響がありました。
#5:コロナの影響で失業率は上昇し、株式市場は良いものの、実体経済は大きな打撃を受けています。
#6:2020年初頭には史上最強の経済といわれていましたが、コロナの爆発で長期低迷が懸念されています。
#7:税制改革、NAFTA(North American Free Trade Agreement:北米自由貿易協定)や地球温暖化とTPPに関して大きな方向転換がありました。
#8:ミネアポリス警察の過失致死でジョージ・フロイドが亡くなった事件によって引き起こされた”Black Lives Matter”(黒人の命も大切)の暴動。
”Antifa”(マルクス主義反ファシズム組織)の介入などによって激化して、警察の権力と予算を取り上げる要求が大きくなっています。
#9:最も注目を浴びたロシア疑惑(2016年大統領選挙介入)では2年近くの調査を終えてトランプの関係は一応否定されたものの、疑いは完全に打ち消されてはいません。
この4年間民主党はトランプのイメージダウンを徹底的に図って、ウクライナ疑惑、司法妨害を理由にトランプを議会で弾劾にかけています。
トランプも閣僚の頻繁な入れ替わりや、個人資産に関して自身で問題を引き起こしています。
#11:対中貿易不均衡の是正、北朝鮮とイランの核問題やアフガニスタンと中東の和平に着手しましたが、まだ現在成果は出ていません。
しかし8月半ばに発表されたイスラエルとアラブ首長国連邦の国交樹立に関しては、中東和平を大きく前に進めた事実として評価されるべきです。
#12:トランプはアメリカの人口のおよそ1/3弱存在すると言われている熱狂的な支持層がいますが、中道と左派には受け入れられているとは言えません。
#13:バイデンは多くの人に共感を持たれていて、温和で落ち着いた穏健派として受け止められていますが、決してエネルギッシュで人々を惹きつける候補者とは言えません。
ここで#6、8、9と11に焦点を当てたいと思います。これらの要素には、はっきりと「はい」か「いいえ」を確定して論ずることが困難な面があります。
#6に関しての長期経済は、2016年のトランプ就任以来、賃金、失業率や株式市場が史上最強の水準に達したとされています。
このことについては、彼が発動した税制改革・減税や様々な緩和政策の結果であるというコンセンサスがあります。
2020年第二四半期に入ってからの急激な減速はコロナによるもので、トランプはパンデミックの対応に関しては様々な批判をされていますが、彼の誤った経済政策が引き起こした事態であるとは必ずしも思われていません。
つまり、今の経済状況はトランプの減点であるとまでは断言できません。
アメリカの回復はV、U、L、W字型になるなどと様々な説が飛び交っていますが、この危機の中、トランプは上手く自分を救世主として有権者にアピールできれば、選挙戦を戦う上でプラスになる可能性があります。
最近トランプは共和党全国大会で正式に候補者として選ばれました。様々な重要人物が演説を行った中で、普段は世間から注目されることを望まないトランプの娘、Tiffany Trump(ティファニー・トランプ)が珍しくスピーチを行いました。
彼女は法律学校を卒業して就職活動を始めたばかりの、所謂ミレニアル世代になります。
演説の中で彼女はこう言いました、“My father built a thriving economy once, and believe me, he will do it again.”(私の父はかつて経済を繁栄させました、そして彼は必ず、再びやり遂げるでしょう)。
ロジックとして、パンデミックが引き起こした不可抗力の結果については、ここまでは誰もどうする事もできませんでしたが、父を(トランプ)を再選させれば全ての繁栄を取り戻せるでしょう。
この理論は経済だけに留まらず、例えば#8の社会不安定に関してもトランプは自分が救世主だとアピールして巻き返しを図っています。
ご存知の通り、”Black Lives Matter”(BLM・黒人の命も大切)によって引き起こされた一連の暴動は全米に広がっています。
8月末にはウィスコンシン州のケノーシャ市で起こった警官の黒人射殺事件で更に拍車が掛かっています。
引き金となったミネアポリスのジョージ・フロイドや数多くの黒人が警察によって殺害された問題に対してデモを行うのは完全に正当な行為ですが、”Black Lives Matter”はその感情に便乗して、警察対容疑者の問題を白人対黒人の衝突にすり替えて過激な暴動を煽動していると批判されています。
特に暴動が起きている低所得層の地区では、有色人種が経営しているビジネスに対しての放火や略奪が頻発していて、BLMが本来保護するべき対象が迫害されている矛盾が指摘されています。現在デモ運動は急速に支持を失っています。
そこで、警察は有色人種の命と財産を守る正義の味方だと言う見解が強まり、今となって”Black Lives Matter”の反動で”Blue Lives Matter”(アメリカ全国の警察は紺の制服を使用しているケースが多く、”青い人の命も大切”とは”警官の命は大切”だと言う意味です)運動が出現しました。
これは警察は社会を守るために危険な任務を遂行し、多くの警官が社会の平和安定のために、命を失っていると言う主旨になります。
トランプは共和党全国大会で法と秩序の回復を強く呼びかけました。暴動は絶対に鎮圧して、社会に大きなダメージを与えた人々は、法の下で裁かれるべきだと主張しました。
彼は黒人や有色人種を含めて、アメリカ人の大半は社会的安定を望んでいる事に勝負を賭けています。トランプは自分こそがこの状況を収められる候補者であるとアピールしています。
その反面、バイデンは政治的目的の為に社会的不安定を容認していると主張しています。
実際に”Black Lives Matter”の暴動化が激しい地区は主に民主党系の知事や市長がいて、彼らの取締りは甘いのではないかという声も多く存在します。
トランプは就任以来多発した#9のスキャンダルを全て乗り切っています。今回の大統領選挙に関してトランプのコロナ対応を、民主党がスキャンダル化させようとしています。
アメリカは世界一の感染者と死亡者を出してしまい、バイデンはこれをトランプの非科学的態度やリーダーシップの問題として追及しています。
最近行われた民主党全国大会では具体的な政策にはほとんど触れず、トランプの人格批判に集中しました。
バイデンは全くトランプの逆で、いかにも知的で”大統領的”であるとアピールされました。
Pew Research Center(ピュー研究所)が最近行った世論調査によると、バイデンを大統領候補として支持する有権者56%は、トランプ大統領が嫌だからという理由です。
バイデンの何処かに惹かれるとか、彼が大統領になったらどのような政策を実施するから支持をする、ということではなくトランプが嫌だからバイデンに一票を投じるというわけです。つまりバイデンはあくまでも反対候補者だから支持されているに過ぎないことになります。
8月に行われた両党の全国大会以前は、バイデンが多数の世論調査で平均10%以上の優勢を保っていました。しかし共和党全国大会が終わった今、そのリードは3%くらいまで縮小しています。
選挙公約や政策を発表せず、トランプ下ろし中心のバイデンの選挙戦略は限られています。
何故具体案に言及できないのかといえば、民主党内に政策のコンセンサスが無く、唯一結束力を保てる方法はトランプ批判のみなのです。
バイデンは民主党内の極左を(バーニー・サンダースやアレクサンドリア・オカシオ・コルテスなど)取り込むためのNew Green Deal(ニュー・グリーン・ディール:地球温暖化を防ぐ為に再生可能エネルギーを幅広く利用する)、国民皆保険、資産・資源の再分配や社会福祉の強化等の基本的には超増税になると思われる方針を発表しましたが、これらの方針は景気鈍化が避けられないので、中道の人々には全く人気がありません。
彼は他にも個人所得税や法人税の引き上げ、中小企業控除の取り消しなどを検討しています。中国に対しての関税も撤廃すると言っています。
その様々な支出を賄うために、バイデンは増税を実施し政府財源を4兆ドル拡大する事を望んでいます。
アメリカの政治は、もはや中道だけでは動かないので、トランプ自身も支持基盤の強化の為に極右の意見を取り入れています。そのためには移民の取り締まり、NRA(National Rifle Association:全米ライフル協会)の意向、キリスト教原理主義の教え(中絶や同性婚禁止)などに歩み寄っています。しかしこれらの政策は極左と違い、社会的反響
は大きいものの、経済への打撃は比較的小さなものです。移民取り締まりに関しては、不法移民労働者の数が減ると、失業率は下がり、賃金が上がる側面もあります。
しかし一番選挙を左右すると言われているのは対中政策です。これはリクトマン教授が提言する#11の要素で、現在進行形です。
アメリカの対中貿易赤字は2018年に年間最高の4,200億ドルを計上して、2019年にトランプ政権は貿易戦争を発動して中国産製品に幅広く関税をかけました。
対中貿易赤字は中国がWTO世界貿易機構に加盟した2001年には830億ドルだったのが、平均して毎年およそ20億ドル膨張した結果、今の数字に至っています。
しかし2019年にはトランプが取った措置の効果で半減しています。
一般のアメリカ人は貿易赤字が人々を貧困に陥れて、ヘロインの蔓延を促したと考えています。アメリカの大企業は利益を目当てに賃金の高い国内にある工場を閉鎖して、中国に生産拠点を移しました。重工業や製造業の多い、中西部のラストベルトに対しての打撃は本当に大きなものでした。
完全に職を失った工場労働者の中には、絶望の中でドラッグや薬物に手を出してしまった人々もいたのです。
これを助長したのが全米の金融界、産業界のインテリ層、民主・共和両政党と歴代の大統領です。誇りを持って”Made in America”の製品を生産してきた真面目なアメリカの労働者は一部のエリートの為に大変な代価を背負わされました。トランプはこの社会的不満を体現して、どこからとも無く現れ、2016年に大統領として当選しました。
これら労働者の人々の希望は、アメリカの過去の尊厳と元気を取り戻すことです。中国から奪われた雇用を取り返すことです。
これがトランプのスローガン:”Make America Great Again”(アメリカを再び偉大にする)の真の意味なのです。
2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントンが落選した主因はエリートの烙印を押されてしまったことにあり、対中関税を撤廃すると主張しているバイデンも同じことになる可能性があります。
トランプはこの使命を達成する為には、あと4年間が必要だと有権者に呼びかけて、その中核となる問題は中国だと提唱しています。コロナの打撃は、もっと長い社会的流れの中で捉えると、あくまでも一時的な挫折に過ぎず、自分自身は救世主として遥かに大きな仕事を達成しなくてはならないと訴えています。
皮肉な事に、そのコロナの発生源が中国であるとの見方が、トランプの意思と彼を支援する人々の決心を更に強固にしています。
中国共産党の南シナ海環礁占拠、軍拡、一帯一路、ファーウェイ5G主導権、サイバー攻撃、産業スパイ、香港民主主義運動弾圧、新疆ウイグル人人権弾圧、中国国内監視社会構築・独裁化など、中国政府が行った様々なこれらの対策費用は全て対米貿易黒字で賄ったと言われています。
特に2008年から2016年の間アメリカの大統領を務めたオバマは、アメリカは世界の警察では無い、などと発言して、共産党を野放しにして人民解放軍の膨張主義を容認したと批判されています。2012年に習近平が実権を把握してからこれらの傾向が加速して、アメリカと中国の覇権争いに転じたと考えられています。
今アメリカは大変な分岐点に立たされています。上記で引用したリクトマン博士の予想によるとトランプは落選するということなりますが、現在進行形の要素やワイルドカードが多いこともあり、むしろ今回の大統領選挙はタイムスパンの長い社会的な流れの中で、アメリカ人の意思を確定するものだとも考えられます。
コロナの余波で得た優位性で戦術的に逃げ切ろうとしているバイデンと、歴史的な流れをしっかり汲み取ったトランプの戦いは、予断を許さない緊迫した重要な局面にあると思われます。
以上、「アメリカ大統領選挙」についての私共の考察をお伝えしてきましたが、この考察は選挙結果の予想をしたものではありません。
大統領選挙の、その背景にあることをご理解頂ければと思います。
今回のアメリカ土地開発投資通信が今後の資産運用について、新たにお考えになる機会となりましたら幸いです。
まだまだ大変な状況ではありますが、どうぞご自愛くださいますように。
皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。