2020年5月配信
今回のテーマは「コロナウイルス危機に対するアメリカ特集編」でございます。
アメリカ不動産及びアメリカ不動産土地開発市場の動向を中心に記しておりますので、ご参考いただけましたら幸いです。
今アメリカの経済と不動産に関して一番問われているのが、コロナの危機は2007年のサブプライムや1929年の大恐慌と同じ様な長期低迷の始まりではないのかということです。
これから不動産市場は値崩れが起こって大量の差し押さえが発生し、空室率が天まで昇るのかなどの憶測している人々もいる中、私共の市場分析をお伝えしたいと思います。
アメリカの失業率は既に2,600万人を超え、労働人口の15%にも及んでいます。
専門家の予測によると、この危機が終息する前に労働人口の20%を超える可能性があると言われています。
失業した人々が大量に家賃の未払いや、住宅ローンのデフォルトを起こす可能性があります。
しかし、トランプ政権、FRBと議会の迅速な対応により、ここ1ヶ月の間におよそ5兆ドル(約535兆円)の救済金が経済に投入されました。
これらの資金は以下の形で人々の手に渡っています。
1)PPP(Paycheck Protection Program:給与保証プログラム)
2)EIP(Economic Impact Payment:経済的影響救済金)
3)UIB(Unemployment Insurance Benefits:失業保険手当)
#1のPPPは中小企業向けの救済金(7,200億ドル;今の為替でおよそ77兆円)で、名前の通り、雇用が維持できる様にするための給与の援助資金です。
アメリカでは、所謂スモールビジネス(従業員500人以下)が、全国の雇用の50%を占めていて、GDPの45%(大企業が38%で、政府の支出は17%)を創出しています。
そして中小企業が経済のエンジンと言われていて、国内の会社数の99%を占めており、ここにスピーディーに資金を投入する事によって、アメリカはかなり雇用を保護する事が出来ました。
#2のEIPは年収一人当たり7万5千ドル以下の人に一律1,200ドル(約13万円)が自動的に(申請不要)支給されるプログラムです。
これは#1のPPPで職を維持できたり、失業保険を申請したかに関わらず、殆どの中産階級の人々がこの給付を貰えます。
それに加え、子供一人に付き500ドル(約5.3万円)余分にもらえます。
殆どの4人家族は3,400ドル(約36.8万円)受け取っています。
#3の失業保険は職を失った場合、本来の給料の50%が6ヶ月間貰えます。
しかし今回の緊急事態は余分に毎月一律600ドル(約6.4万円)支給されます。
ブルーカラーなどにとっては、この600ドルで本来の給料より多く取れる(給料の100%以上)人も大勢存在します。
#2のEIPと一緒にして、中低所得層は実はかなり手厚く保証されていて、日常生活は十分に維持できます。
不動産市場に拡大すると、まず最初に家賃の支払いが可能になります。
州によって法律と状況は異なりますが、共和党が強く保守的な地域、例えばテキサス州、インディアナ州、北カロライナ州、ユタ州、アリゾナ州では家賃の未払いはそれほど起こっていません。
対照的に民主党寄りで、テナントに甘いカリフォルニア州、ニューヨーク州、ミシガン州、バージニア州、イリノイ州などではコロナを言い訳に、払えるのに家賃のボイコットなどが実行されています。
ご関心のある方は、下記リンクをご覧になって下さい。
4月シカゴでは73%のテナントしか家賃を支払っていないニュースについて
ニューヨークでの家賃取り消し運動について
https://www.nytimes.com/2020/05/01/nyregion/rent-strike-coronavirus.html
カリフォルニアでの家賃のボイコットについて
https://www.theguardian.com/us-news/2020/mar/31/california-rent-strike-coronavirus-eviction
事実上、賃貸習慣の厳しい州ではコロナの緊急事態がある程度収まり、経済活動が復活し収入が再開するまで、家賃のデフォルトは極端に多くはならないと見込まれています。
4月に失業手当や救済金を受け取り始めた家族は、秋までは持ち堪えられる可能性が高いと考えられます。
コロナの医療的危機が夏までにある程度落ち着くと仮定すると、経済活動も徐々に回復し、職場に復帰できる人達もいる筈です。
2020年度の失業率は平均すると10%前後だと予測されていますが、既にアメリカに賃貸物件をお持ちの方は家賃が入り続ける可能性が比較的高いでしょう(家賃の価格にもよります)。
しかし、コロナの脅威は夏になっても完全に終わるものではありません。
秋になり、また寒くなるとコロナウイルスが活発化する可能性があります。
よって、経済の回復はどちらかと言うとU字型回復で、大量に発生した失業者が皆一気に仕事に戻れるわけではありません。
ここで問題になるのは、家賃が1,000ドル以上の比較的家賃の高い賃貸物件になります。
職場に復帰できなかったり、収入が100%取り戻せない人が大勢いる筈です。
例として以下のケースが考えられます(組み合わせも考えられる)。
1)ダブルインカムだった夫婦の内一人が職を失う
2)家族の大黒柱が仕事を減らされる
3)職を失い、前ほど給料が良くない仕事に就く
4)大卒者の就職口が思っていた程理想的じゃない
これらの人々の大半は、以前に住んでいた物件より賃貸価格が低い物件に移る可能性が高いです。
アメリカでは一般に収入の30%を住居の支払い(家賃や住宅ローンを問わない)に割り当てるのが常識とされています。
残りの70%で家計を立てて生活を維持します。
しかし、現実問題として、30%以下にこの出費を抑えられている世帯は少ないのです。
ハーバード大学住宅共同研究所が2020年に発表した住居支払いに関しての負担比率によると、2018年の賃貸者世帯のうち、収入の50%以上を家賃に使っている世帯が40%以上であり、収入の30−50%の世帯が約10%存在します。
賃貸者世帯の半分以上の世帯が、標準とみなされている収入に占める家賃割合の30%を超えています。
特に、収入の50%以上を家賃で失っている家族は40%以上存在します。
これは何を意味しているかを分析すると、以下のように結論できます。
1)収入が家賃の上昇について行ってない。
2)比較的安価な家賃の物件が足りない。これはサプライ・デマンドの構造的問題に影響されている。
2017年時点で、家賃が毎月600ドル以下の(低品質)物件が約1100万物件、600から900ドル(中品質)物件が約1580万物件、1,000ドル以上(高品質)物件が約1800万物件存在しています。
賃貸物件は2007年の一定数から始まり(全体で約3800万物件)、全体的に在庫は増えたものの、家賃600ドル以下の物件は2012年辺りから減りだし、600から900ドルの物件は2014年から減少しています。
しかし、1,000ドル以上の高額家賃物件は2011年から増える一方です。
2007年時点では在庫が一番少なかったのに(約1100万物件)、2017年では最も多くなっています(約1800万物件)。
賃貸構造の逆転により、手頃な家賃の物件に対しての需要は急増しています。
この現象が一世帯の住居支出負担に拍車をかけています。
以上の社会的、構造的理由により、コロナの危機前(2019年)にも中低品質の物件の空室率は非常に低く(共に5%~5.5%前後)、高品質物件の空室率は高くなっています(9%前後)。
現在政府の救済金などの恩恵を受け、レジデンシャル賃貸市場は比較的良好です。
既に上述した様に、高い家賃が維持出来なくなった家族、特に家賃が1,000ドル以上の所に住んでいた人達が、比較的家賃の低い物件に借り換える傾向がここ数ヶ月間に起こり、中低品質物件の需要が更に強まるでしょう。
実際に、失業率が上がると低価格の賃貸物件の需要は上昇し、家賃もそれにつれて上がる傾向があります。
2008年のサブプライム危機の直後も、不動産価格の暴落とは関係無く、緩やかに家賃は上昇を続けました。
ヘッジファンドなどは最近の株式市場のリバウンドは刹那的な現象と受け止めており(FRBと連邦政府の救済、感染者数増加の減速、石油市場の安定化などの主な要因によって起きた)、生活が徐々に正常化して行くにつれて経済に対してのダメージの深さが分かって来ると、本当の下落が起こると見込んでいます。
2008年のサブプライムの時もそうでしたし、1929年の恐慌時も同じ現象が起こりました。
よって、これからの見通しとしては、ウオール街のファンドは賃貸物件の様な安全資産にお金を注ぎ込む可能性が高いと言えます。
2008年にはウオール街のファンドの戸建賃貸物件のマーケットシェアが2%だったのが、今は既に10%に及んでいて、将来は更に上がるでしょう。
これからは、失業者や100%所得が取り戻せない人の現象が長期化するので、中低価格の賃貸需要は更に伸びる筈です。
FRBのデータによると、不動産の自己保有率は2005年の69%を頂点に、2015年には63%に落ちて、2020年のコロナの危機以前には65%までやや回復したものの、これからの経済ショックで一気に落ち込むでしょう。
自己保有率の低下については既に構造的問題で、コロナはそれを加速させています。
ウオール街はこれに便乗して、戸建てを更に買い込み、保有率を上げるでしょう。
家賃の減額、滞納、未払い又は延期に関しては、大家自身の決断で決めることができますが、住宅ローンの支払いに関しては、アメリカでは殆どのローンが証券化され(MBS:Mortgage Backed Securities;住宅ローン担保証券)、
住宅ローンを発行した銀行が保有しているわけではないので、ローンを払えなくなった人々と債権保有者が何らかの合意を達成するのは極めて困難です。
この様な理由で家を失った人達も中品質の家賃が600から900ドルくらいの物件へ転居すると見込まれ、この価格帯の物件は更に需要が増えるでしょう。
現在FRBの利下げで金利は確かに低いですが、これはあくまでも理論上の数字で、銀行はデフォルトを恐れて貸し出し基準を非常に厳しくしています。
今は事実上殆ど新しいローンは認可されておらず、早くても秋か、年末くらいからしか正常化しないとみなされています。
マイホーム購入者との競争が発生しない今が、実は賃貸物件の買い時です。
投資としては低品質な物件は家賃滞納、修繕やテナントの入れ替わりが多いため、結果としての投資効率はあまり良くない可能性があり、中品質の物件が主流となるでしょう。
今アメリカで一番注目されているのが、州別の部分的解禁です。
コロナの危機が爆発してから現在に至って97%のアメリカ人は自粛か、実質的に戒厳令にも近い状態に置かれていました。
今までは全国的に大方足並みが揃っていたのですが、5月1日辺りを境に数多くの州が各自緊急事態命令を解いて、それぞれの州独自の道を歩んで行くことになります。
特に注目されているのは比較的大きくて人口の多いジョージア州、フロリダ州とテキサス州です。
これらの州はトランプ大統領のガイドライン(2週間継続的に発病率が低下する)を振り切って、テストの数も満足に増やせていない状況下、経済活動を再開する予定です。
レストラン、ジム、美容院、公園、小売店、ショッピングモール、映画館、図書館、博物館などが(コンサートやバーなどは含まない)、制限範囲内の営業許可を得ています。
これは一種の社会実験みたいなものです。
上手く行けばここから更に解禁を進めて正常化していくことが出来ますが、発病率が増幅し解禁の反動が跳ね返って来たら、再び全面シャットダウンを強いられる可能性があります。
今アメリカは大きな分岐点に立たされています。
解禁するかしないかの意見も衝突して、社会は分断されています。
一方はテレワークが可能なホワイトカラー職の人達、もう一方は現場に出ないと稼げないブルーカラーの人々の利害が激しくぶつかりあっています。
それと比較的若くて健康な人達は早い解禁を希望しており、高齢者達は皆に家に籠り続けて貰いたがっています。
比較的暖かい南部の州は解禁を急ごうとする傾向が強く、まだ肌寒い北部の州は緊急事態の期限を決めていません。
ここまでアメリカが結束力を失って社会的矛盾が生じたのは、近年の歴史上ベトナム戦争以来でしょう。
しかしアメリカの状況がどうなったとしても、家賃が600から900ドルの中品質の賃貸物件は優位性を保つと考えています。
以上、「アメリカ不動産市場の動向について」の分析予測をお伝えしてきましたが、全く違う見方をされる方もおられると思います。
コロナウイルスについては突然変異等、まだ分かっていないことも多く存在します。
私共の分析が絶対で、異なる見方を否定する、というようなつもりは毛頭ありません。
しかし各国政府がこれだけの財政出動を余儀なくされている状況では、将来インフレが進行していく可能性はかなり高いと思われます。
そして私たちは必ず今回のコロナ危機を乗り越えていきます。このことについては疑いの余地は無いでしょう。
今回お送りしました文章が、次の時代の資産運用について、新たにお考えになる機会となりましたら幸いです。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、さまざまな社会活動が自粛され、厳しい生活が続いておりますが、何としても共々に乗り越えて参りたいと存じます。
皆さまのご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。